Ushiku Base 栽培記録

栽培記録「トマト」(露路)

・3月16日 ミディトマト2株、大玉トマト2株播種 ・3月29日 シシリアンルージュ4株播種 ・種はスーパーで購入した果実から採種 ・5月21日 露地へ8株定植 ・本来シシリアンルージュをソバージュ栽培する予定だったが、ミディ・大玉4株を間違えてソバージュ区画へ定植 ・シシリアン...

有機農業の流通・販売・制度論

17.作るだけでは、農業にならない

ここからは、少し生産者側の話をします。 農業を始める時、まず考えるのは、どう作るかだと思います。とくに有機農業なら、土をどう作るか、病害虫にどう対応するか、農薬や化学肥料を使わずにどう収量を確保するか。覚えることはいくらでもあります。 ただ、農業は作るだけでは終わりません。 作っ...

有機農業の流通・販売・制度論

16.外の人に売ってもらう、という発想

有機農業を広げるのであれば、有機農業の外にいる人にも売ってもらわなければならない。今なら当たり前のことのように思いますが、私がそう強く考えるようになったのは、八百屋が少しずつ減っていった頃だったと思います。 共同仕入れセンターは、もともと八百屋のための仕入れセンターでした。農家が...

有機農業の流通・販売・制度論

15.「有機だけで何とかしよう」としてきた限界

前回まで、有機農業を「高くて特別なもの」として扱ってきたことについて書きました。では、有機農業をもっと広げようとした時、私たちは何をしてきたのか。その一つが、有機の側で新しい仕組みを作ろう、ということでした。 有機専用の集荷場を作る。有機農産物だけを集めてトラックを走らせる。有機...

Ushiku Base 周辺

薪ストーブの季節がやってきた

毎年のことですが、夏になると冬の寒さを忘れます。 9月の終わりになって、最低気温が14度とか12度という予報を見るようになると、「ああ、そろそろか」と思い出します。去年、薪ストーブに初めて火を入れたのは10月11日でした。 私の拠点にしている小屋は、三協フロンティアの鉄製プレハブ...

Ushiku Base 周辺

周囲の木について③ 金木犀が咲いて、5年後の庭を想像してみた

 周囲の木の話の最後は、最初に書いた金木犀です。 この金木犀は、2023年の晩夏に、家のベランダにあった鉢植えを牛久へ移植したものです。 ところが、2024年の秋も、2025年の秋も咲きませんでした。葉は元気そうでしたが、上へ伸びる枝が何本か目立っていました。その頃、切った方がい...

有機農業の流通・販売・制度論

14.有機は、なぜ「高くて特別」になったのか

 有機農産物は高い。 これは、昔から何度も言われてきたことです。八百屋をやっていた頃の感覚でいえば、一般の野菜の二倍、三倍ということも珍しくありませんでした。スーパーで98円で売っている野菜を、八百屋では298円、場合によっては340円で売る。そんな価格差もありました。 よく、「...

有機農業の流通・販売・制度論

13.自分たちで始めたのだから、自分たちで売る

有機農業の初期の流通について、本では、有機農業がまだ小さく、量も少なく、流通も弱かった時代に、産消提携や自然食品店、有機専門流通が必要だったと書きました。それは今でも、その通りだと思っています。普通の市場やスーパーに有機野菜を持っていけば、普通の商品として売れるような時代ではあり...

Ushiku Base 周辺

周囲の木について② コナラを残して、雑木林っぽい庭に

前回、周囲にあった杉、シラカシ、コナラのことを書きました。 2024年1月に境界の大木を伐ってもらった後、敷地にはシラカシやコナラの芽がかなり出てきました。その中から、今はコナラを中心に残しています。 自然に発芽したものもありますし、周囲にたくさん出ていた小さな苗を、庭のバランス...

Ushiku Base 周辺

周囲の木について① この土地にあった木と、コナラを残すことにした

気がついたら、金木犀が花をつけていました。これは、この地の開拓の初期、2023年の晩夏に、家のベランダにあった植木鉢の金木犀を移植したことから始まります。いつも畑と雑草のことばかりなので、金木犀は木と言えるかは別にして、今回は「木」について書いてみます。 周囲の木といえば、気にな...

有機農業の流通・販売・制度論

12.「説明すれば売れる」と、本気で思っていた

前回、有機農業が広がらない理由を、外側にばかり求めていてよいのだろうか、ということを書きました。振り返ってみると、私自身も長い間、「有機の良さを理解してもらえば売れる」と考えていました。それは、今になってそう思うということではなく、当時は本気でそう信じていました。 八百屋では、毎...

有機農業の流通・販売・制度論

11.有機が広がらないのは、誰のせいなのか

前回まで、昔の有機農業を支えた流通の仕組みについて書いてきました。 産消提携があり、八百屋があり、共同仕入れセンターがありました。農家と作付を決め、毎週出荷量を調整し、たくさん採れれば「振り分け」で八百屋も引き受ける。農家、センター、小売で6:1:3という考え方もありました。 今...

有機農業の流通・販売・制度論

10.「6:1:3」を守っていたら、八百屋は続かない

前回、注文していないトマトが10箱届いた「振り分け」の話を書きました。 当時の有機農産物の流通には、「6:1:3」という考え方がありました。農家が6、共同仕入れセンターが1、八百屋が3。200円で売る野菜なら、農家120円、センター20円、八百屋60円という考え方です。 ただ、実...

有機農業の流通・販売・制度論

09.注文していないトマトが、10箱届いた

八百屋を始めてまだ間もない頃の話です。 その日の朝のことは、今でもよく覚えています。配送を頼んでいたので、店に行くと荷物が届いていました。その中に、トマトの4キロ箱が10箱ありました。 当時の私の店では、トマトは1日に半箱くらい売れればいい方でした。2日で1箱、1週間に3箱くらい...

Ushiku Base ビオトープ

初秋の池を眺めて

このところ、ずっと雨です。秋雨前線、台風、熱帯低気圧の影響で、もう一週間以上、断続的に降っています。時々、かなり強い雨にもなります。 関東全体がどうなのかはわかりませんが、少なくともうちの周辺では、この夏の後半は日照不足で、気温も低めだったように感じます。6月から7月は暑く、夏ら...

有機農業の流通・販売・制度論

08.農家と八百屋が「何を、どれだけ作るか」を先に決めていた

ここまで、有機農業の流通がどのように始まったのかを書いてきましたが、一つ断っておかなければならないことがあります。私が知っているのは、日本の有機農業の流通の歴史すべてではありません。私自身が入ったのはポラン広場であり、さらにその源流をたどれば、『みんな八百屋になーれ』を書いた長本...

有機農業の流通・販売・制度論

07.「あなたたちは畑を耕してくれ、俺たちは街を耕す」

私がポラン広場の仲間に入った理由は、ものすごく単純です。1999年に八百屋を始めるにあたって、店で売る有機野菜や加工食品を仕入れることができたからです。正直に言えば、入る前には、こんなに「濃い」集まりだとは思っていませんでした。ただ、私もこういう集まりが嫌いではなかったので、入っ...

Ushiku Base 栽培記録

栽培記録「ミニかぼちゃ」

播種:5月3日 播種方法:直播2か所、各1粒まき 予備苗:1粒をポット播き 種:ダイソーのミニかぼちゃ、50円で3粒入り 補植:5月24日、直播1株が消失したためポット苗を補植 栽培株数:2株 仕立て:当初は1株3枝を基本に管理 栽培方法:地面を約3m這わせ、その先は支柱へ誘引 ...

Ushiku Base 畑

8月の畑 雨が戻り、夏野菜が終盤に入り、秋冬作が始まった

7月とは、まるで違う8月 7月は雨が少なく、水やりのことばかり考えていました。それが8月に入ると、台風や雨の日が増え、今度は多雨になりました。夜もそれほど暑くなく、23℃くらいまで下がる日もあり、熱帯夜はほとんどありません。最高気温も30℃前後の日が多く、真夏日にならない日さえあ...

有機農業の流通・販売・制度論

06.「産消提携」は、最初から立派な仕組みだったのか

有機農業の歴史を調べると、必ずと言っていいほど「産消提携」という言葉が出てきます。 生産者と消費者が直接つながり、消費者が有機農産物を買い支える。農作業にも参加し、豊作も不作も一緒に引き受ける。 今から見ると、ずいぶん立派な仕組みに見えます。 ただ、私はどうも、最初からそんなにき...

Ushiku Base 周辺

開拓を始めて3年、道具も代替わり

畑と山林の開拓を始めて、3年が経ちました。 写真は、新旧のチェーンソーと刈払機、それから薪割り機です。 最初に買ったチェーンソーと刈払機は、どちらも楽天通販で買った中国製です。値段はそれぞれ1万円ちょっと。いわゆる安物ですが、なぜか両方とも50cc超という大型でした。 とにかく重...

有機農業の流通・販売・制度論

05.有機農業を守ったのは、理念だけではなく「買う仕組み」だった

私が八百屋を始めた1999年頃、当時の有機農産物流通には「振り分け」という仕組みがまだ残っていました。 簡単に言えば、農家でできたものをセンターが引き取り、それを八百屋に割り振る仕組みです。 今のように、まず注文を集めて、その注文分だけ農家から仕入れるという話ではありません。 農...

有機農業の流通・販売・制度論

04.有機農業は、なぜ「普通の農業」として始まらなかったのか

私が有機農業の世界に入った、と言うと少し大げさですが、自分の店を開いたのは1999年5月だったと思います。 その頃、店では「有機無農薬野菜」という言い方をしていました。 今から考えると、ずいぶん曖昧な言葉です。当時の私は、有機野菜とは有機肥料を使った野菜、無農薬野菜とは農薬を使わ...