八百屋を始めてまだ間もない頃の話です。
その日の朝のことは、今でもよく覚えています。配送を頼んでいたので、店に行くと荷物が届いていました。その中に、トマトの4キロ箱が10箱ありました。
当時の私の店では、トマトは1日に半箱くらい売れればいい方でした。2日で1箱、1週間に3箱くらい注文するのがせいぜいだったと思います。
それが、月曜日に10箱届きました。
しかも、水曜日にまた10箱届きました。
今考えれば、20箱くらい大した量ではないと言われるかもしれません。でも、開店したばかりで、お客さんもまだ少ない小さな八百屋です。いつもの何週間分なのか、という量でした。
その日の朝のことは、今でもよく覚えています。配送を頼んでいたので、店に行くと荷物が届いていました。その中に、トマトの4キロ箱が10箱ありました。
当時の私の店では、トマトは1日に半箱くらい売れればいい方でした。2日で1箱、1週間に3箱くらい注文するのがせいぜいだったと思います。
それが、月曜日に10箱届きました。
しかも、水曜日にまた10箱届きました。
今考えれば、20箱くらい大した量ではないと言われるかもしれません。でも、開店したばかりで、お客さんもまだ少ない小さな八百屋です。いつもの何週間分なのか、という量でした。
箱を見て、すぐに思いました。
「ああ、これが振り分けか」
噂には聞いていました。
有機野菜は、天候によって一気に収穫量が増えることがあります。共同仕入れセンターは、農家からできるだけ全量を引き取ります。そして、各八百屋の注文量を超えていても、店に割り振って送ります。
これが「振り分け」です。
「ああ、これが振り分けか」
噂には聞いていました。
有機野菜は、天候によって一気に収穫量が増えることがあります。共同仕入れセンターは、農家からできるだけ全量を引き取ります。そして、各八百屋の注文量を超えていても、店に割り振って送ります。
これが「振り分け」です。
今の感覚で考えれば、かなり乱暴な仕組みです。注文していない商品が、しかも売り切れる見込みもない量で届くのですから。
でも、当時はそれが普通にありました。
箱には生産者の名前が書いてあります。その名前を見ると、その人の顔が浮かびます。
「これは何とか売らなきゃな」
そう思うわけです。
でも、当時はそれが普通にありました。
箱には生産者の名前が書いてあります。その名前を見ると、その人の顔が浮かびます。
「これは何とか売らなきゃな」
そう思うわけです。
実際にどう売り切ったのかは、もう細かくは覚えていません。値段を下げたり、お客さんに勧めたりしたと思います。自分たちでもトマトソースにして、かなり食べたはずです。たぶん半分くらいは、自分たちで何とかしたのではないかと思います。
商売として考えれば、無茶です。
私も当時、「これはきついな」と思っていました。
先輩の八百屋たちも、表向きは「農家を支えるために頑張って売ろう」という気持ちです。お客さんにも、そう説明します。
商売として考えれば、無茶です。
私も当時、「これはきついな」と思っていました。
先輩の八百屋たちも、表向きは「農家を支えるために頑張って売ろう」という気持ちです。お客さんにも、そう説明します。
ただ、本音のところでは、半分くらいは諦めだったと思います。
「まあ、しょうがないよな」
そんな宿命のような受け止め方でした。
それでもやっていたのは、有機農業を続けてもらうためです。
農家がたくさん作れた時に、「注文分しか要りません」と言ってしまえば、余った野菜は農家が抱えることになります。そうしないために、売る側もリスクを引き受ける。
本に書いた「支える流通」というのは、こういうことです。
「まあ、しょうがないよな」
そんな宿命のような受け止め方でした。
それでもやっていたのは、有機農業を続けてもらうためです。
農家がたくさん作れた時に、「注文分しか要りません」と言ってしまえば、余った野菜は農家が抱えることになります。そうしないために、売る側もリスクを引き受ける。
本に書いた「支える流通」というのは、こういうことです。
当時は、お金の分け方にも「6:1:3」という考え方がありました。
農家が6、共同仕入れセンターが1、小売が3。
たとえば200円で売る大根なら、農家120円、センター20円、小売60円、という考え方です。
ただし、これは計算上の話です。
農家の6とセンターの1は、先に決まります。
でも、小売の3は、本当に3残るとは限りません。
野菜は傷みます。今日200円で売っていても、明日になれば値下げするかもしれません。最後は半額のお勤め品になるかもしれません。売れ残れば、ロスです。
だから、振り分けで大量の野菜が届いた時には、小売の3が2になることも、1になることも、場合によってはマイナスになることもあります。
「センターは1を確保しているのに、こっちは売れなければ全部かぶるじゃないか」
そんな不公平感も、正直ありました。
それでも、当時はこの仕組みで有機農業を支えていました。
今なら、こんなやり方をそのまま続けることは難しいと思います。
でも、だからといって、昔の仕組みが間違っていたとも思いません。
有機農業がまだ小さく、普通の市場やスーパーでは売りにくかった時代には、誰かがリスクを引き受けなければ続かなかった。
農家だけでもなく、流通だけでもなく、八百屋だけでもない。
それぞれが、少しずつ無理をして支えていた。
あのトマト20箱は、今思えば、その時代の有機流通をそのまま表していたのかもしれません。
本書参照:
第1部「有機農業は、どのような世界として始まったのか」
5「振り分けと6:1:3に見る『支える流通』」22〜23ページ
農家が6、共同仕入れセンターが1、小売が3。
たとえば200円で売る大根なら、農家120円、センター20円、小売60円、という考え方です。
ただし、これは計算上の話です。
農家の6とセンターの1は、先に決まります。
でも、小売の3は、本当に3残るとは限りません。
野菜は傷みます。今日200円で売っていても、明日になれば値下げするかもしれません。最後は半額のお勤め品になるかもしれません。売れ残れば、ロスです。
だから、振り分けで大量の野菜が届いた時には、小売の3が2になることも、1になることも、場合によってはマイナスになることもあります。
「センターは1を確保しているのに、こっちは売れなければ全部かぶるじゃないか」
そんな不公平感も、正直ありました。
それでも、当時はこの仕組みで有機農業を支えていました。
今なら、こんなやり方をそのまま続けることは難しいと思います。
でも、だからといって、昔の仕組みが間違っていたとも思いません。
有機農業がまだ小さく、普通の市場やスーパーでは売りにくかった時代には、誰かがリスクを引き受けなければ続かなかった。
農家だけでもなく、流通だけでもなく、八百屋だけでもない。
それぞれが、少しずつ無理をして支えていた。
あのトマト20箱は、今思えば、その時代の有機流通をそのまま表していたのかもしれません。
本書参照:
第1部「有機農業は、どのような世界として始まったのか」
5「振り分けと6:1:3に見る『支える流通』」22〜23ページ
