前回、有機農業が広がらない理由を、外側にばかり求めていてよいのだろうか、ということを書きました。振り返ってみると、私自身も長い間、「有機の良さを理解してもらえば売れる」と考えていました。それは、今になってそう思うということではなく、当時は本気でそう信じていました。
八百屋では、毎月一回、「瓦版」というか、店のレターのようなものを発行していました。これは私の店だけではなく、当時の八百屋なら、どこでも似たようなことをやっていたと思います。農家のこと、野菜のこと、有機農業のこと、店で起きたことなどを書き、少しでもお客さんに知ってもらおうとしていました。スタッフ同士で、「チラシは文字が多いと読んでくれないよ」「いや、伝えたいことがいっぱいあるんだよ」と、もめたことも覚えています。今思えば、それだけ伝えたいことが多かったということなのでしょう。
八百屋グループでも、機関誌のようなものを月に一回作っていました。農家や加工所へ取材に行き、話を聞いて記事にしたり、イベントの様子を書いたりしました。生産者に店へ来てもらって、お客さんに直接話をしてもらうこともありましたし、生産者交流会も開きました。個人宅配の営業をしていた頃は、お試しセットを持って回りながら、農家のことや仕組みそのものを説明していました。野菜を売るだけではなく、その背景まで伝えることが、自分たちの仕事だと思っていたのです。
当時は「純粋」でしたから(笑)、「これは本当にいいものなんだ。分かってもらえれば買ってくれる」と、かなり真面目に思っていました。実際、話を聞いて会員になってくれた人は大勢いました。「そういう農家がいるんですね」「そういう仕組みなら応援したい」と言って、その後も買い続けてくれる人もいました。ですから、「理解してもらえば売れる」という考え方そのものが、全部間違っていたわけではありません。伝えることでお客さんが増えた経験を、私たちは確かに持っていました。
ただ、長く売る仕事をしていると、それだけでは越えられないものがあることも分かってきました。その一つが価格です。有機野菜の価値は分かった、農家が大変なのも分かった、環境にとって意味があることも分かった。それでも、「高い」と言う人は普通にいました。しかも、これは単純に、お金に余裕があるかどうかという話でもありませんでした。かなり余裕がありそうな人でも、スーパーの値段と比べて、「こっちの方が高い」「あっちの方が安い」と言います。考えてみれば、それは当たり前のことです。買い物をする人にとって、価格はやはり価格です。
私たちは当時、「価値と価格差を納得してもらう」といった言い方をしていました。今聞くと、ずいぶんきれいな言葉です。しかし、実際の売場はそんなにきれいな話ではありません。価値があると思えば、高くても買います。逆に、その価値を感じなければ、たとえ5円の差でも安い方を選びます。つまり、問題は「高いか安いか」だけではなく、その人にとって、その価格差を超えるだけの価値があるかどうかです。
ここで、私は一つのことに気づくようになりました。人は、頭の中で「有機農業は大切だ」と理解したからといって、必ずその商品を買うわけではありません。理解することと、財布を開くことは別です。当時は「消費者教育」という言葉もよく使いました。知らないから買わない。だから知ってもらおう、理解してもらおう、価値を伝えよう、という考え方です。それ自体は今でも必要だと思っていますし、伝えることを否定するつもりもありません。しかし、価格という問題は、消費者教育だけで越えられるものではありませんでした。
有機野菜と普通の野菜が同じ値段で並んでいれば、私はかなりの割合で有機が選ばれると思います。問題は、そこに価格差があることです。その差を、「価値があるから納得してください」と説明することで埋めようとしてきたところに、有機農業の難しさがありました。もちろん、それで買ってくれる人もいます。実際、私たちの八百屋や宅配は、そういう人たちに支えられてきました。しかし、その方法だけでは、どうしても買う人の範囲は限られます。
「理解してもらえば売れる」という考え方は、間違いではありませんでした。ただ、それだけで有機農業が広がるわけではなかった。長く売る仕事を続けるうちに、私は少しずつ、そう考えるようになりました。
次は、その結果として、有機農業そのものが「高くて特別なもの」として扱われるようになっていったことについて書いてみたいと思います。
第2部「なぜ、有機は広がらないのか」
2「『理解してもらえば売れる』と信じていた時代」
