私が八百屋を始めた1999年頃、当時の有機農産物流通には「振り分け」という仕組みがまだ残っていました。
簡単に言えば、農家でできたものをセンターが引き取り、それを八百屋に割り振る仕組みです。
今のように、まず注文を集めて、その注文分だけ農家から仕入れるという話ではありません。
農家とは作ってもらう約束をしています。できたものは買う。だから、注文が10しかなくても、農家から100来れば、その100を八百屋に振り分けます。
注文した量の10倍来ることもあるわけです。
簡単に言えば、農家でできたものをセンターが引き取り、それを八百屋に割り振る仕組みです。
今のように、まず注文を集めて、その注文分だけ農家から仕入れるという話ではありません。
農家とは作ってもらう約束をしています。できたものは買う。だから、注文が10しかなくても、農家から100来れば、その100を八百屋に振り分けます。
注文した量の10倍来ることもあるわけです。
当然、八百屋は大変です。
トマトが大量に来れば、とにかく売ります。値引きもします。加工用にも勧めます。それでも残れば廃棄になります。
でも、当時はそれをやっていました。
なぜか。
農家に「作ってください」と言った以上、できたものを買うからです。
今思うと、これはかなり大事なことだったと思います。
トマトが大量に来れば、とにかく売ります。値引きもします。加工用にも勧めます。それでも残れば廃棄になります。
でも、当時はそれをやっていました。
なぜか。
農家に「作ってください」と言った以上、できたものを買うからです。
今思うと、これはかなり大事なことだったと思います。
信頼というのは、結局、約束を守ることです。
農家にいいことばかり言って、「作ってください」と頼んでおきながら、できたら「売れないから要りません」では、次から作ってもらえません。
できない約束はしない。約束したら守る。
当たり前の話ですが、それをきちんとやる流通だったから、農家からも信頼されたのだと思います。
当時は、有機農産物そのものが今よりずっと少なかったですし、有機を作ってくれる農家も貴重でした。
しかも、生産にはかなりのリスクがありました。
病害虫が出ても、普通なら使える農薬を使えない。
ヨトウムシに一晩で食い荒らされた、という話も聞きました。
春先のキャベツやレタスには虫が多い。レタスは、外から見るときれいなのに、一枚むくと中が腐っていることもありました。ジャガイモも、病気の芋が一つ箱に入ると、箱の中で腐敗が広がってしまうことがあります。
農家も大変ですが、それを受けるセンターも大変です。
八百屋も、店頭に並べようとして初めて「中が全部腐っている」と気づくことがあります。
そういうリスクを含めて、有機農産物を作り、流し、売っていた時代でした。
だからこそ、できたものをある程度引き受ける仕組みが必要だったのだと思います。
農家にいいことばかり言って、「作ってください」と頼んでおきながら、できたら「売れないから要りません」では、次から作ってもらえません。
できない約束はしない。約束したら守る。
当たり前の話ですが、それをきちんとやる流通だったから、農家からも信頼されたのだと思います。
当時は、有機農産物そのものが今よりずっと少なかったですし、有機を作ってくれる農家も貴重でした。
しかも、生産にはかなりのリスクがありました。
病害虫が出ても、普通なら使える農薬を使えない。
ヨトウムシに一晩で食い荒らされた、という話も聞きました。
春先のキャベツやレタスには虫が多い。レタスは、外から見るときれいなのに、一枚むくと中が腐っていることもありました。ジャガイモも、病気の芋が一つ箱に入ると、箱の中で腐敗が広がってしまうことがあります。
農家も大変ですが、それを受けるセンターも大変です。
八百屋も、店頭に並べようとして初めて「中が全部腐っている」と気づくことがあります。
そういうリスクを含めて、有機農産物を作り、流し、売っていた時代でした。
だからこそ、できたものをある程度引き受ける仕組みが必要だったのだと思います。
一般の青果市場なら、供給が多ければ価格が下がります。市場には「受託拒否禁止」という原則があり、基本的には荷物を受け入れますが、価格は需給で決まります。
有機の世界では、少なくとも当時は、それとはかなり違う考え方で動いていました。
農家の再生産を支えるために、ある程度価格を守る。そして、できたものを流通と小売が引き受ける。
本の中では、これを「支える流通」と書きました。
振り分けは、その象徴だったと思います。実際、本書でも、収穫のピークにはセンターが農家から全量を引き取り、注文以上の量を八百屋へ割り当てていたことを書いています。
ただ、この仕組みには当然、無理もありました。
センターから見れば、農家から仕入れたものを八百屋へ流せば在庫は減ります。
でも八百屋には、注文していない野菜まで来ます。
年に一度や二度なら、「今年は豊作だから頑張って売ろう」で済むかもしれません。
でも、それが年に5回、6回となれば、話は違います。
売れ残りが出る。値引きする。廃棄も出る。
八百屋だって生活があります。
有機農業の理念が大事だからと言われても、それで店が潰れてしまったら終わりです。
2002年、2003年頃になると、こうした矛盾がかなり見えるようになってきました。
有機の世界では、少なくとも当時は、それとはかなり違う考え方で動いていました。
農家の再生産を支えるために、ある程度価格を守る。そして、できたものを流通と小売が引き受ける。
本の中では、これを「支える流通」と書きました。
振り分けは、その象徴だったと思います。実際、本書でも、収穫のピークにはセンターが農家から全量を引き取り、注文以上の量を八百屋へ割り当てていたことを書いています。
ただ、この仕組みには当然、無理もありました。
センターから見れば、農家から仕入れたものを八百屋へ流せば在庫は減ります。
でも八百屋には、注文していない野菜まで来ます。
年に一度や二度なら、「今年は豊作だから頑張って売ろう」で済むかもしれません。
でも、それが年に5回、6回となれば、話は違います。
売れ残りが出る。値引きする。廃棄も出る。
八百屋だって生活があります。
有機農業の理念が大事だからと言われても、それで店が潰れてしまったら終わりです。
2002年、2003年頃になると、こうした矛盾がかなり見えるようになってきました。
八百屋側からは、
「センターは損をしない。店ばかり廃棄ロスを抱えるのはおかしい」
という話が出てきます。
そこでセンター側も変わっていきました。
八百屋への振り分けをやめる。その代わり、自分たちでも売り先を探す。
スーパー、百貨店、外食などへ、自分たちで営業して売っていくようになります。
ところが、ここでもまた矛盾が出ます。
八百屋からすると、有機農産物はまだ希少な商品でしたから、自分たちが扱っている農家のトマトを、知らないスーパーでも売られたら面白くありません。
「俺たちのトマトを、なんでよそで売るんだ」
という話になります。
でもセンターからすれば、
「うちに持ってくるな。でも、よそにも売るな」
では困ります。
農家から買う約束を守るなら、売り先を増やさなければならない。
ここで、最初は同じテーブルについて一緒に考えていたセンターと八百屋の関係にも、少しずつ軋轢が出てきました。
私は、この話を「昔の有機流通は素晴らしかった」ときれいにまとめる気にはなれません。
確かに、農家を支えた仕組みです。
そうしなければ、有機農業そのものが続かなかった時代だったと思います。本書でも、作付、週間発注、振り分けなどは、単に物を動かすためではなく、有機農業そのものを成立させる仕組みだったと整理しています。
でも、その負担はどこかに必ず出ます。
農家を守るために流通が引き受ける。
流通を守るために小売が引き受ける。
最後は誰かが売らなければならない。
そこを「理念」でごまかしてはいけないと思います。
有機農業運動という言葉を使うと、ときどき全部がきれいな話に聞こえてしまいます。
でも、農家も、流通も、八百屋も、それぞれ生業です。
生活できなければ続きません。
私は、この当たり前のことを抜きにして、有機農業を語る話があまり好きではありません。
理念は必要です。
でも、理念だけでは野菜は売れません。
そして、売れなければ、有機農業は続きません。
だから初期の有機農業を支えたのは、理念だけではなく、
「作ってもらったものは買う。そして、何とか売る」
という、かなり泥臭い仕組みだったのだと思います。
「センターは損をしない。店ばかり廃棄ロスを抱えるのはおかしい」
という話が出てきます。
そこでセンター側も変わっていきました。
八百屋への振り分けをやめる。その代わり、自分たちでも売り先を探す。
スーパー、百貨店、外食などへ、自分たちで営業して売っていくようになります。
ところが、ここでもまた矛盾が出ます。
八百屋からすると、有機農産物はまだ希少な商品でしたから、自分たちが扱っている農家のトマトを、知らないスーパーでも売られたら面白くありません。
「俺たちのトマトを、なんでよそで売るんだ」
という話になります。
でもセンターからすれば、
「うちに持ってくるな。でも、よそにも売るな」
では困ります。
農家から買う約束を守るなら、売り先を増やさなければならない。
ここで、最初は同じテーブルについて一緒に考えていたセンターと八百屋の関係にも、少しずつ軋轢が出てきました。
私は、この話を「昔の有機流通は素晴らしかった」ときれいにまとめる気にはなれません。
確かに、農家を支えた仕組みです。
そうしなければ、有機農業そのものが続かなかった時代だったと思います。本書でも、作付、週間発注、振り分けなどは、単に物を動かすためではなく、有機農業そのものを成立させる仕組みだったと整理しています。
でも、その負担はどこかに必ず出ます。
農家を守るために流通が引き受ける。
流通を守るために小売が引き受ける。
最後は誰かが売らなければならない。
そこを「理念」でごまかしてはいけないと思います。
有機農業運動という言葉を使うと、ときどき全部がきれいな話に聞こえてしまいます。
でも、農家も、流通も、八百屋も、それぞれ生業です。
生活できなければ続きません。
私は、この当たり前のことを抜きにして、有機農業を語る話があまり好きではありません。
理念は必要です。
でも、理念だけでは野菜は売れません。
そして、売れなければ、有機農業は続きません。
だから初期の有機農業を支えたのは、理念だけではなく、
「作ってもらったものは買う。そして、何とか売る」
という、かなり泥臭い仕組みだったのだと思います。
本書参照:
第1部 4「共同仕入れセンターと、作付・週間発注」
第1部 5「振り分けと6:1:3に見る『支える流通』」
第1部 6「その時代には、それが必要だった」

