ここからは、少し生産者側の話をします。
農業を始める時、まず考えるのは、どう作るかだと思います。とくに有機農業なら、土をどう作るか、病害虫にどう対応するか、農薬や化学肥料を使わずにどう収量を確保するか。覚えることはいくらでもあります。
ただ、農業は作るだけでは終わりません。
作ったものを売り、お金にして、生活していかなければならないからです。
これは、有機農業だけの話ではありません。
ここは、とても大事だと思っています。有機農家について、「栽培技術はすごいけれど、売ることを考えていない」といった言い方をすることがありますが、私はあまりそういう切り分け方をしたくありません。有機栽培だから特別に高度で、慣行農業はそうではない、という話ではないからです。
農薬や化学肥料を使いながら、高い収量を安定して確保することだって、立派な技術です。有機農業には有機農業の技術があり、慣行農業には慣行農業の技術があります。
売ることについても同じです。
農家から突然、「これ、どこかに売れないかな」と相談を受けることはあります。ただ、それも有機農業に限った特殊な話ではありません。予定していた取引先から急にキャンセルされたり、思った以上に収穫できたりすれば、どんな農家でも売り先に困ることはあります。
以前、千葉の農家から電話がありました。
「山崎君、八頭が2トンくらいあるんだけど、どこか売り先ないかな」
八頭は里芋の一種で、正月に使われる少し特殊な野菜です。2トンとなれば、簡単にどうにかできる量ではありません。
そこで市場の仲卸に話をしたところ、「それならやりましょう」ということになり、あるスーパーで扱ってもらえることになりました。その後、その取引は年末の恒例になり、何年か続きました。
こういう話も、「有機農産物だから売れなくて困った」という話ではありません。普通の農業でも起きる話です。
有機農業の世界では、普通に農業をしていれば起きることまで、「有機だから起きる問題」として特別に切り取ってしまうことがあります。私は、むしろその見方の方に問題があると思っています。
作るのは農家、売るのは流通。それも、一つの役割分担です。私は、農家が全部自分で販売までやらなければならないとは思っていません。農協に出荷して、あとは農協が売る。それで生活が成り立つのであれば、それで何の問題もありません。
会社員だって同じです。決められた仕事をきちんとやって給料をもらい、それで満足している人もいます。それはそれでいい。
ただ、もっと収入を増やしたい、もっと大きな仕事をしたい、働き方を変えたいと思えば、自分で考えなければなりません。
農家も同じです。
作ったものを農協へ持っていけば売ってもらえる。それで十分なら、それでいい。しかし、「価格が安い」「もっと所得を増やしたい」「こんな売り方では嫌だ」と思うのであれば、その時には自分の農業をどうするのかを、自分で考える必要があります。
誰に売るのか。何を作るのか。どのくらい作るのか。いくらで売るのか。どのくらいの所得が必要なのか。
どれか一つだけ考えればいいという話ではありません。
新しく農業を始める人に、「種を蒔く前に一つだけ考えておけ」と言われても、私は一つには絞れません。全部です。
もっと言えば、農業以前に、自分はどういう生活をしたいのかを考えた方がいいと思います。
結婚するのか、一人で暮らすのか。子どもは?家は?どうするのか。休みはどのくらい欲しいのか。その生活には、年間いくら必要なのか。
そこから逆算すれば、必要な農業所得が見えてきます。その所得を得るには、どのくらいの面積で、何を作り、どこへ、いくらで売る必要があるのかを考えなければなりません。
農業は、人生の一部です。
有機農業だから、そういうことを考えなくてよいということはありません。むしろ、この本でずっと書いているのは、そこなのだと思います。
有機農業だから特別なのではない。
物流も、販売も、経営も、生活も、普通に考えればいい。
有機農業を「普通の選択肢」にするというのは、結局、そういうことでもあるのだと思います。
次は、では実際に何を作るのか。そのことと、何が売れるのかは切り離せない、という話をします。
本書参照:
第3部「作るだけでは足りない 生産者も『誰に、何を、どう売るか』を考えなければならない」
1「農業は『作る技術』だけでは成り立たない」42〜43ページ
