有機農業の流通・販売・制度について、これまで自分が現場で経験してきたこと、考えてきたことをつづっています。
この度、これまで有機農産物の流通や販売に関わる中で経験してきたこと、考えてきたことを、『有機農業の流通・販売・制度論』という一冊の本にまとめました。
思い返してみると、このブログでも2021年頃から、有機農産物の運賃の問題、市場流通、有機野菜の価格、有機JASなどについて、少しずつ書いていました。ただ、その頃から今の本のように一つの考えとしてまとまっていたわけではありません。最初に疑問を持ったのは、もっと単純なことでした。有機農産物を宅急便で送れば、運賃が高いのは当たり前です。一方で、一般の野菜は市場便に乗れば、一箱数十円、百円程度で大田市場まで運ばれていきます。だったら、有機農産物もそこに乗せられないのか。有機農産物だけを集めて、有機農産物だけで便を立てようとするから高くなるのではないか。そんな個々の疑問から始まりました。
その後、価格、売場、市場、学校給食、行政、有機JASなど、いろいろな問題を考えていくうちに、少しずつ一つの方向につながっていきました。有機農業だけを特別にして、その中だけで問題を解決しようとするのではなく、普通の農業、普通の流通、普通の売場の中に組み込んでいった方がいいのではないか。本の中では、それを「有機を特別なままにしない」と書きました。
この本をまとめる直接のきっかけになったのは、2024年5月、亀岡オーガニック農業スクールで講義を頼まれたことでした。伊藤さんから「有機農業の歴史にも触れてほしい」と言われ、歴史から流通、販売までを一度まとめて話しました。それまでも歴史の話はしていました。ただ、私にとっては「あの頃は大変だった」「振り分けは大変だったよね」と、昔の仲間と酒を飲みながら話すような、どちらかといえば昔話でした。ところが、改めて歴史から整理してみると、有機農業を守り、ここまで続けてきた仕組みと、現在の広がりにくさは、別々の話ではないことが見えてきました。そこから、本として一度まとめてみようと思いました。
このブログ・カテゴリーでは、その本の本文をそのまま転載していくつもりはありませんが、本に書いたことの背景に何があったのか。なぜそう考えるようになったのか。本では詳しく書かなかった現場の話や、その後で気づいたことなどを、「スピンオフ版」として少しずつ書いていこうと思います。
10年以上、断片的に考えてきたことを、一度本という形にまとめることができました。今度は、その本から少し横道に入りながら、もう一度考えてみたいと思います。
有機農業の流通・販売・制度論
歴史・流通・認証から、有機農業の広がりを考える。
序文 本書の視点 有機を特別なままにしないために
第1部 有機農業は、どのような世界として始まったのか
第2部 なぜ、有機は広がらないのか
第3部 作るだけでは足りない 生産者も「誰に、何を、どう売るか」を考えなければならない
第4部 有機の外にある、大きな世界を知る
第5部 有機を「普通にする」ための流通設計
第6部 学校給食への流通設計
第7部 制度は、有機を広げる仕組みになっているか
第8部 有機農業は、日本の農業をどう支えうるか
終部 有機農業を広げるとは、何を変えることなのか
本書「はじめに」より
本書は、有機農業を栽培技術ではなく、流通、販売、制度の側面からとらえ直し、その広がりの条件を考えるためにまとめたものです。
有機農業については、栽培技術や理念を扱った本は少なくありません。ですが、作ったものをどう売るのか、どのような流通に乗せるのか、制度がどのように関わっているのか、さらにそれらが歴史の中でどう形づくられてきたのかを、まとめて論じたものは、意外に少ないように思います。現場にいると、そこを知りたい、学びたい、整理して考えたいという声を、何度も聞いてきました。学校や研修で話してほしいという依頼もありましたし、販路拡大のヒントが欲しい、制度の見方を知りたいという相談も少なくありませんでした。そうした積み重ねの中で、断片的に話すだけでなく、一度、本の形で整理しておく必要を感じるようになりました。
私自身は、四半世紀以上にわたり、有機農産物の流通と販売に関わってきました。「八百屋」(自然食品店)の店頭に立ち、有機専門流通の中で営業をし、農家の話を聞き、その後は一般青果流通の現場も見てきました。さらに、有機JAS検査員として、制度の運用にも関わってきました。栽培だけでもなく、販売だけでもなく、制度だけでもありません。その全部が重なる場所で、有機農業を見てきたつもりです。だからこそ、この本では、有機農業を「どう作るか」だけでなく、「どう流すか」「どう売るか」「制度がどう見えているか」というところまで含めて考えたいと思いました。
近年、有機農業を志す若い世代の中には、それが運動として始まったことを知らない人も少なくありません。それは、有機農業が少しずつ特別な世界を離れつつあることでもあり、悪いことではありません。むしろ、運動の文脈を知らなくても、有機農業を農業の選択肢としてとらえる人が増えていることは、ある意味では自然なことでもあります。ただ、その歴史を知らずに現在の姿だけを見ると、有機農業がなぜこういう広がり方をしてきたのか、なぜここで壁にぶつかっているのかが見えにくくなります。今の有機農業の強みも、広がりにくさも、その出発点の中にかなりはっきりと刻まれているからです。有機農業は、よいことだから広がる、というほど単純ではありません。かといって、難しいから無理だ、と片づける話でもありません。歴史があり、仕組みがあり、癖があり、可能性があります。
本書では、現場での実体験と知見に基づいて、有機農業の流通・販売・制度の全体像を、できるだけ率直に、できるだけ具体的にたどっていきたいと思います。