有機農産物は高い。
これは、昔から何度も言われてきたことです。八百屋をやっていた頃の感覚でいえば、一般の野菜の二倍、三倍ということも珍しくありませんでした。スーパーで98円で売っている野菜を、八百屋では298円、場合によっては340円で売る。そんな価格差もありました。
よく、「一般の野菜の1.2倍くらいなら消費者は買う」といった話を聞きましたが、私は当時から、「何と比べて1.2倍なのだろう」と思っていました。野菜の値段は、そもそも一定ではありません。同じ野菜でも、78円の時もあれば、98円の時もあり、120円になることもあります。その中で「1.2倍までなら買う」と言っても、それほど単純な話ではありません。
有機野菜が高いことには、もちろん理由があります。栽培に手間がかかり、量が少なく、流通も小さい。認証や管理にも手間がかかります。だから一般の野菜と同じ価格にはなりにくい。ただ、長く振り返ってみると、価格そのものとは別に、「高くて特別なもの」という状態を、自分たち自身も長い時間をかけて作ってきた面があったのではないかと思います。
前回書いたように、初期の有機農業には、「自分たちで始めたのだから、自分たちで何とかする」という気持ちが強くありました。農家が作り、八百屋が売り、共同仕入れセンターがつなぎ、それを理解してくれるお客さんに届ける。外の誰かに売ってもらうことよりも、自分たちの手で売ることを大切にしてきました。その結果、有機野菜は自然食品店や宅配、有機専門店といった場所で売られるようになりました。
では、そういう特別な売場に置かれたから、有機野菜が特別なものに見えるようになったのか。それとも、もともと特別なものとして扱っていたから、そういう売場に集まったのか。
たぶん、どちらもあるのだと思います。スーパーで売られるようになっても、「有機野菜コーナー」としてまとめて並べれば、やはり普通の野菜とは別のものに見えます。最近では地場野菜も一つのコーナーにまとめることがありますが、それもある意味では特別な売場です。売場を分けること自体が悪いわけではありませんが、いつも別の場所に置かれていれば、「普通の野菜とは違うもの」という印象は残ります。
当時、私たちは有機野菜が高い理由を一生懸命説明していました。ただ、説明する側に、「これは高い商品なんだ」と強調している意識はありません。むしろ、「高いように見えるけれど、それだけの理由がある」「この価値を考えれば、決して高くないでしょう」と伝えたかったのです。
ところが、売る側がどう思っていたかと、受け取る側がどう感じたかは別です。毎回、「普通の野菜とは違います」「これだけ手間がかかっています」「だからこの価格です」と説明されれば、結果として、「有機は高くて特別なもの」という印象が強まっていった可能性はあります。高いから、買う人が限られる。買う人が限られるから、売場も限られる。売場が限られるから、特別なものに見える。特別なものだから、また説明が必要になる。そして量が増えないから、流通コストも下がりにくく、価格も下がりにくい。
こうして考えると、「高くて特別」という状態は、一度できあがると、自分で自分を強めていくように見えます。ただ、この循環を価格や売場だけの問題として見ると、少し足りないようにも思います。そのもっと根っこには、「自分たちで蒔いた種だから、自分たちで何とかする」という、有機農業の長い歴史があります。
自分たちで作る。
自分たちで流す。
自分たちで売る。
自分たちでお客さんを増やす。
自分たちで流す。
自分たちで売る。
自分たちでお客さんを増やす。
それは、依存せずに自分たちの力で有機農業を育ててきたという意味では、大きな強さでした。しかし、そのやり方が長く続いたことで、外の流通に任せること、一般のスーパーに普通の商品として入っていくこと、これまで有機に関心のなかった人にも普通に買ってもらうことについては、どうしても弱くなります。
「広げたい」と言いながら、実際には、自分たちの輪を少しずつ大きくすることを「広げる」と考えていたのかもしれません。それなら、理解してくれる人が一人増えれば広がります。自然食品店が一軒増えれば広がります。有機専門の宅配の会員が増えれば広がります。しかし、それだけでは、有機農業は有機農業の世界の中で大きくなるだけです。
普通のスーパーで普通に並ぶ。
普通の流通業者が普通に扱う。
有機農業について詳しく知らない人も、必要な時に普通に選ぶ。
普通の流通業者が普通に扱う。
有機農業について詳しく知らない人も、必要な時に普通に選ぶ。
そこまで行かなければ、社会全体の中で広がったことにはならないのではないか。今は、そう考えています。だから有機野菜を安く売ればよい、という話ではありません。農家に正当な価格が支払われなければ、農業は続きません。一般の野菜が安すぎるという問題もありますが、それについては、また後のところで書きたいと思います。
ここで考えたいのは、「高くて特別」を変えるためには、値段だけをいじっても足りない、ということです。売場も、流通も、売り方も、そして何より、「自分たちの世界の中で、自分たちで何とかする」という発想そのものも、少し変えなければならない。私は今、有機を特別な売場だけに閉じ込める考え方を、できるだけ早く取り払いたいと思っています。これまで自分たちで守ってきたものを手放す、という意味ではありません。むしろ、自分たちだけで守る段階から、外の力も借りながら広げる段階へ移る、ということなのだと思います。
本書参照:
第2部「なぜ、有機は広がらないのか」
4「高くて特別なもの、という自己強化」
第2部「なぜ、有機は広がらないのか」
4「高くて特別なもの、という自己強化」
