この本の出発点は、たぶん一つではありません。
思い返すと、このブログでも2021年頃から、有機農産物の流通や販売について少しずつ書いていました。
最初に強く気になったのは、運賃でした。有機農産物は運賃が高い、とよく言います。でも、宅急便で送れば高いのは当たり前です。一方で、一般の野菜は市場便に乗っています。一箱50円とか100円とか、そういう単位で大田市場まで運ばれていくことも知っていました。
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| 実際に市場便を使ってみて、運賃が半分になった(2021年) |
だったら、有機農産物もこれに乗せればいいじゃないか。
有機農産物だけを宅急便で送ったり、有機農産物だけを集めて一台の便を立てようとしたりするから、高くなるのではないか。最初は、そのくらい単純な疑問でした。実際、有機だけで荷物を集めてトラックを立てようというような事業もありました。しかし、2トン車一台をいっぱいにする荷物さえ集まらない。結局、物量が集まらないので計画が成り立たない。
私は、何をやっているんだろう、と思っていました。
ただ、この頃はまだ、それを「有機を普通にする」という一つの考え方には結びつけていませんでした。運賃の問題は運賃の問題。価格は価格。売場は売場。有機JASは有機JAS。それぞれ別々の問題として考えていたのだと思います。
もう一つ、ずっと引っかかっていた数字があります。
有機農産物が、あまりにも少ない。当時、野菜について、有機JASの格付数量が日本の農産物流通全体の中でどのくらいになるのかを計算すると、0.24%程度でした。有機JAS制度が始まってしばらくすれば、もっと増えるだろう。そんな期待は周囲にもありました。ヨーロッパでも、最初はそれほど多くなかったものが、ある時期から大きく伸びた。日本にも、どこかにブレイクスルーする時点が来るのではないか。私自身も、そうなるのではないかと思っていました。有機農業推進法ができ、まず1%を目指そうという話が出たときも、1%を超えれば有機農業も少しは社会の中で普通の存在になるのではないか、という期待がありました。ところが、なかなか増えません。みんな一生懸命やっています。生産者も頑張っています。流通も頑張っています。行政もさまざまな事業をやっています。セミナーもやります。消費者にも説明します。
それでも広がらない。
なんで、こんなにみんな頑張っているのに、こんなにも広がらないんだ。この疑問は、ずっと残りました。そして2024年5月、亀岡オーガニック農業スクールで講義を頼まれました。伊藤さんから、有機農業の歴史にも触れてほしいと言われました。歴史の話自体は、それまでも知っていましたし、自分でも経験してきています。ただ、私にとって有機農業の歴史というのは、かなり長い間、昔話でもありました。
「あの頃は大変だったね」
「振り分けなんか、本当に大変だったんだよ」
昔の仲間と飲みながら、そんな話をする。悪く言えば、酒の肴です。ところが、講義のために歴史から流通、販売までを並べ直し、さらに今回、本にするためにもう一度整理してみると、違うものが見えてきました。
有機農業は、普通の市場や流通の中では成り立たなかったから(埋もれてしまうから)、独自の仕組みをつくりました。産消提携があり、八百屋があり、有機専門流通があり、作付、週間発注、振り分けなど、いろいろな工夫をして農家を守ってきました。その仕組みがあったから、有機農業はここまで残りました。
でも、広げようとすると、その「守る仕組み」が、逆に壁にもなる。
有機農業の中だけで有機農業の問題を解決しようとするから、いつまでも物量が集まらない。物流も高い。売場も限られる。歴史を振り返ってみて初めて、これは偶然ではなく、かなり必然的なことだったのかもしれない、と思いました。だったら、有機だけで何とかしようとするのではなく、普通の物流に乗せればいい。普通の市場につなげればいい。普通のスーパーに並べればいい。
有機を特別なままにしない。
今では、この言葉が私の考えの中心になっています。でも、最初からこの結論があったわけではありません。運賃が高い。なんで市場便に乗せないんだ。乗せられないんだ。たぶん、本当に最初は、そこからだったのだと思います。
このブログ連載では、本に書いた結論だけではなく、そこへたどり着くまでに何を見て、何を考えてきたのか。本には書き切れなかった話も含めて、少しずつ書いていこうと思います。
本書参照:
「はじめに」2〜3ページ
序文「本書の視点 有機を特別なままにしないために」8〜12ページ


