2026年、春の立ち上がりは、思ったよりずっと難しかった

2026/07/07

畑づくりと設計 畑とまわりの記録

 春は、種をまいて、苗を育てて、植えていく、いちばん勢いのある季節のはずなのですが、実際には、そう気持ちよくは進みませんでした。

今年の春は、まずハウスでナスとピーマンが止まりました。

4月14日に無加温ハウスへ定植したのですが、きゅうりとトマトは動いているのに、ナスとピーマンだけが、そこで時間が止まったようになりました。葉の色は薄い。ピーマンは葉が落ちる。花芽はつくのに、株そのものは大きくならない。朝の最低気温が11度くらいまで下がる日もあり、その一方で、留守中には日中30度を超えたりもしていたので、そりゃあ機嫌も悪くなるだろうとは思いましたが、それにしても動かない。こちらとしては、毎朝見ても、ほとんど昨日と同じに見えるわけです。


結局、花芽は取って、籾殻を株元に入れて、まずは根を守る方向に切り替えました。

今になって思えば、あの時のナスとピーマンは、「育たない」のではなく、「育てる条件がまだ整っていなかった」ということなのだと思います。でも、その時はそんなふうには見えませんでした。正直、かなり心配でした。


一方で、トマトときゅうりは、同じハウスの中でもずいぶん違いました。

トマトは、留守のあとも水をやらなくても平気そうで、葉色も悪くない。花段も上がっていく。だから、ハウスはトマト向きなのだろう、と思い始めました。ところがその後、葉が内側に巻いたり、枝の途中で妙に太くなって花芽がついたりして、なんだか素直ではない。きゅうりはきゅうりで、収穫はできるけれど、実が曲がる。水か、温度か、根のストレスか。とにかく、ハウスは入れれば有利、というほど単純ではない、ということだけはよく分かりました。


育苗も、きれいにはいきませんでした。

ナスやピーマンは、温度が足りないと本当に動かない。遅い、というより、止まる感じです。これは、後になってから何度も思い返しました。春先の自家育苗は、やればいいというものではなく、条件が足りなければ、ただ時間が過ぎるだけです。結局、今年の経験でかなりはっきりしたのは、無理なものは無理だということでした。育苗を引っ張って全体を遅らせるより、必要なら購入苗に切り替えた方が、家庭菜園としてはずっと健全です。そこは、変な意地を張らない方がいい。

露地でも、思い通りにいかないことはいろいろありました。

にんじんは、今回こそいけると思っていました。点まきで、一か所に5粒から10粒くらい。パオパオをかけて、水も見て、今度はかなり丁寧にやったつもりでした。ところが、出てみるとまばらで、しかも出たところも一本だけ、という場所がかなりある。これには少し拍子抜けしました。にんじんが苦手なのではなく、にんじんが難しいのだろうとは思いますが、それにしても毎回何かあります。種の鮮度も疑いたくなります。


ごぼうも、ごぼうで、軽く見ていました。

点まきして、発芽したらまあそのうち、と思っていたら、掘ってみると2本、3本が重なっている。ああ、これは間引きを軽く見ていたな、と。大根は1粒まきで何とかなる。とうもろこしも、ほぼ1粒まきでいける。けれど、ごぼうやにんじんは、そのあたりを同じ感覚で扱うとだめでした。このへんは、種の大きさだけでは決まらないようです。


鳥にもやられました。

かぼちゃの芽が根元から切られ、長ねぎもやられました。最初はヒヨドリかと思い、あとでムクドリかもしれないと考え直しましたが、どちらにしても「植えたばかりの柔らかいものは狙われる」ということだけは、よく分かりました。かぼちゃにはパオパオ、ズッキーニには切ったペットボトルを被せる、という、なんとも手作りの対策をすることになりました。効果はありました。きれいな農業資材ではありませんが、守れればそれで十分です。


そんな感じで、春はずっと、うまくいっているようで、どこかが引っかかる、という繰り返しでした。

でも、そのおかげで、かなりはっきりしたこともあります。無加温ハウスは万能ではないこと。初期生育は温度がほとんどを決めること。水も肥料も、やればいいわけではないこと。待つ方がいい場面が意外に多いこと。トマトは別物だということ。そして、作物ごとに、同じ春でも全然動き方が違うこと。

春の立ち上がりは、もっと勢いで押していけるものだと思っていました。

実際には逆で、勢いで押すとだいたいどこかで無理が出ます。春は、動き始める季節ではあるけれど、こちらが動かしすぎない方がいい季節でもあるようです。なかなか面倒ですが、そこが面白いところでもあります。